『だ〜から、ゴメンってば!』
定番の待ち合わせ場所。
朝からもう何度目になるか分からない大きなため息をつく佐為に謝りながら、ヒカルはそわそわと辺りを見回した。
春休みに入って、佐為は一日中碁が打てることが嬉しくて仕方がないらしく、昼近くになってヒカルが起きだしてくると、待ちかねたように飛んできて対局をせがむ。
ヒカルはアクビをしながら一階のリビングに行き、ほぼ昼飯に近い朝飯を適当に食べてから、部屋に戻って佐為の相手をする。
棋院での研修がある日以外のヒカルの一日は、大体こんな感じで過ぎていく・・・はずだったのだが。
「ヒカル!起きなさいヒカル!」
「ううーん・・・何だよぉ・・」
今朝は珍しく母親に起こされたヒカルは、学校が終わって以来休業中だった目覚ましを手繰り寄せた。
「まだ、こんな時間じゃんか・・・」
開ききらない目を再び閉じて布団に潜り込んだヒカルを見下ろして、ヒカルの母親は呆れながら手にしていた電話の子機を枕元に置いた。
「加賀さんからお電話よ」
ヒカルは猛烈なスピードで飛び起きると、慌てて子機を手にした。
「お、おはよぉ・・」
母親が部屋を出るのを確認しつつ、ヒカルは寝癖の付いた髪を手櫛で整える。
明らかに『今の今まで寝ていました』なヒカルの声に、電話の向こうの加賀は苦笑を漏らした。
「春休みだからって、グータラしてんじゃねぇよ・・・ま、俺も人のことは言えね―けどな」
「今日は珍しく早く目が覚めただけ なんだけどよ、おまえのオフクロさんに『うちのヒカルにも見習わせたいわー』とか言われたぜ」
加賀の笑い声のトーンが若干上がる。
ヒカルの母親の話をする時はいつもそうだ。
ヒカルがそのことに気が付いたのは最近で、元々やたら外面を作るのがうまい加賀が、とりわけヒカルの母親には好青年を演じている、と言うより、優しく接している事に気が付いたのがキッカケだった。
加賀の亡くなった母親の話をヒカルは詳しく聞いた事が無いし、写真も見たことが無い。
けれど、家に帰ると何を置いても一番先に母親の仏壇に手を合わせに行く加賀の姿を思い出して、ヒカルは愛し気に受話器を握り締めた。
「母さん、すっかり加賀に丸めこまれちゃってさ!加賀のこと『いい人』だと思ってんだもん」
「お前な、さんざん宿題やらなにやら見てやったの忘れたのか?」
「いや、それはぁ・・・・・あ、で、どうしたの?」
「おっ、そうそう、忘れるトコだった・・・」
「進藤、今日 デートしようぜ!」
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