「FAKE」 page 6

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ヒカルにかける言葉を考えていた佐為は、その気配に気づいて ぱっと顔を上げた。

「ひててて!」

幽霊の佐為よりも鈍いヒカルは、心ここに在らずだったところを突然 何かに頬っぺたを引っ張られて目を白黒させている。
ヒカルの頬を軽くつねったソレは、前髪を持ち上げて ふわりと額に触れた。

「顔赤いぜ、熱でもあるのか?・・何だ、冷てぇな」

大きな割に しなやかで繊細な造りをした 加賀の その手は、冬でも暖かい。
肌に伝わる温度の心地よさに、ヒカルは目を細めた。

ヒカルが ぼーっとして(本当は佐為と話し込んでいて)人の話を聞いていなかったりする事はしょっちゅうなので、加賀も心得ている。
ただ、今日は昼休みの一件があり、ヒカルが赤い顔をしていたせいもあって心配をしたのだ。
熱が無いと分かって安心すると、ワザと意地の悪い顔をして、ヒカルの鼻をつまみ上げた。

「呆けてないで、いつもの棋譜並べでもやってろよ」

加賀の言う"棋譜並べ"とは、ヒカルと佐為の対局の事を差している。
ヒカルの部屋に遊びに来ると、やたらと騒がしい棋譜並べをするヒカルの横で、加賀は雑誌を読んだり、昼寝をしたりするのが常だ。
長い時間居る訳でもないし 時にはろくに話もしないまま帰ってしまうこともあって、遊びに来ているのか何だか分からないが、加賀が部屋に来るとヒカルは嬉しかった。

加賀が傍にいる、ヒカルの一番好きな時間。
そして今、加賀は目の前で いつものように笑っている。

ヒカルは擽ったそうに鼻をこすると、ようやく笑顔を見せた。

「よーし!やるぞ、"棋譜並べ"」


加賀に背を向けるようにして碁盤の前に座り 棋譜を並べ始めたヒカルは、『置石なんかいらないってば』とか『長考無しだからね』とか、相変わらず独り言が多い。
雑誌を開いたまま、その様子をしばらく眺めていた加賀は、ベッドの上の くたびれた紙包みを手にした。

「おい進藤!これ食っていいよな?」

問いかけておきながら、ヒカルの答えを待つつもりは無いらしく、言い終わった時には包装紙は既に破り捨てられている。

「『小枝』って、お前コレ普通のチョコじゃねーか・・・」
「え?・・・あーっ!ナニ開けてんだよ!」

対局に集中していたヒカルは、振り向いてようやく状況を理解した。
加賀は小枝を2、3本まとめて掴むと、ぽいぽいと口に放り込んだ。

「オレさ、昼食ってねーんだよ・・・これでも腹の足しくらいにゃなるだろ」
「何ソレ?!本命からしか受け取らないとか言っといて、やっぱ加賀ってイイカゲン!」

よく考えれば ヒカルの渡したチョコレートだけが加賀に受け取ってもらえた事になるわけだが、"腹の足し"扱いされたため それに気が付かない。
先程の加賀のセリフに感心していたヒカルは、不満気に頬を膨らませて ぷいと後ろを向いた。


昼食をとっていないと言うのは、嘘。

『それにしても、鈍い奴だよな・・・』

あまり好きではない 甘いチョコレートをもう一つ口に放り込んで、加賀は微かに口元を引き上げた。
背中を向けているヒカルが仮に見ていたとしても気が付かないくらいの その小さな仕草に、碁盤を挟んでヒカルの向かい側に座っていた佐為は気付いてしまった。

『・・・加賀、ひょっとして―』

『こら!長考無しっつっただろ』
『あ・・・は、ハイ』


そして、一月後。
ヒカルは生まれて初めて、ホワイトデーのお返しを加賀から"貰う"事になるのだった。
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