ヴァイツゼッカー家・・・ドイツ屈指の名門。
想像と実際とは概して違っているものだが、あまりに常識を外れていた。
庭師や左官のバイトで大きな屋敷は数多く見てきたが、まるで比べ物にならない。
圧倒されると同時に、ひどく不思議に思える。
ここに、自分がいる事が。
カルロはふっと息をついて天を仰いだ。
視界の端を超えても続く広大な敷地。
その中に点在するいくつもの屋敷の中で、一番の規模を誇る本家の屋敷。
そこにある大きな薔薇園の中に、彼はたたずんでいた。
薄っすらと空の蒼を映した白銀の髪と、血のように紅いシャツ、目の覚めるような端正な顔立ち。
咲き乱れる薔薇の花々に勝るとも劣らないほど美しい容姿をしているにも関わらず、本人は、その事にまるで気がついていない。
カルロは、よく自分を美男子だと言う。
その通りなので聞いた人は納得してしまうが、それは本人の意図するところと違っている。
カルロは、自分のことを美男子だなどと、夢にも思っていないのだ。
彼が『犬のクソ以下』と呼ぶスラムでの長い暮らしが、そこで受けつづけた屈辱が、自身の美しさを認識する感覚を失わせていた。
代わりに研ぎ澄まされたナイフのような心。
それが震えるほどに、映りこんだ一筋の光は眩しかった。
5分ほど前・・・ミハエルはカルロをこの場所に引っ張ってきた。
「パパにカルロを紹介するよ!」
いつものように前置き無く言われた言葉は、思わず耳を疑うものだった。
ミハエルは目を輝かせながら、今日は久しぶりに父親が帰ってきたからちょうど良かったなどと話を続ける。
どうやら本気らしい。
「ちょっと待っててね、パパを呼んでくるから・・・絶対動いちゃ駄目だからねっ!」
人差し指をピッと立てて念を押すと、返事を待たずに駆けて行く。
「冗談だろ・・・・・・マジ?」
金色の長い髪をゆらゆらと揺らせて遠ざかる後姿を、カルロは半ば放心状態で見送っていた。
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