「まったく・・・シュミットは心配性だな」 揺れる木漏れ日をその褐色の肌に受けて、すらりと背の高い少年が並木通りを歩いている。 今日は珍しく、端正なその顔に不機嫌さがのぞく。 話の発端は昨日にさかのぼる。 イタリアに行くとだけ言い残して姿を消したミハエルが、夜になっても戻らなかった。 行き先は分かりきっていたので、エーリッヒは、いつもの事だと思っていたが、シュミットは気が気ではない。 シュミットにとっては、その行き先が大問題なのだ。 不意に電話のベルが鳴って、シュミットは慌てて受話器を取る。 受話器の向こうからは、いつも通りの のんびりした声。 「あのね、カルロのところにいるんだ!今日は泊めてもらう事になったから・・・わぁ」 ミハエルの声が突然遮られた。 続いて聞こえてきたのは、シュミットにとっては身の毛もよだつ不愉快な声。 「電話代だってバカになんね―んだぞ!ったく、いちいち お供の二人に電話することねーだろ」 「カルロ!貴様、ミハエルに何かしたら承知しないぞ!!」 シュミットは受話器に噛み付くような勢いで怒鳴るが、相手が遠く離れたイタリアでは手も足も出ない。 やきもきするシュミットをあざ笑うように、カルロは言葉を返す。 「さーてねぇ・・・何か、やらかしちまうかもよ?」 耳障りな音を立てて、電話が無造作に切られた。 そーっと その場を去ろうとするエーリッヒの背中に、シュミットの怒鳴り声が突き刺さった。 「明日の朝一番でイタリアに向かうぞっ!」 そういった訳でエーリッヒはイタリアにいるわけだが、イタリア行きを切り出した人物の姿がない。 今日は、アイゼンヴォルフの研究所で、定例の会議が行われる日だった。 リーダーが不在な以上、ナンバー2であるシュミットが出席せざるを得ない。 というか、ミハエルがいてもいなくても、会議に出席するのは、いつもシュミットなのだ。 ミハエルを迎えに行くついでに、シュミットと二人きりでローマのデートを楽しもうと考えていたエーリッヒは、まるで的が外れてしまった。 彼が珍しく不機嫌な原因は、シュミットが自分の隣にいない事に他ならない。 エーリッヒはふっと息をつくと、新緑の眩しい木々を見上げた。 何だかんだ言っても結局、自分がシュミットの頼みを断るはずが無い。 他ならぬシュミットだから。 彼にとっては女神のような その美しい顔を思い浮かべると、不機嫌な気分も晴れた。 エーリッヒは、カルロの住むスラム街へと歩みを進めた。 |