豪が見つめていたのは、スペースシャトルの模型だった。
STS-1、オービター名称 コロンビア。
1981年4月12日、NASAで初めて打ち上げられたスペースシャトル。
合衆国そのものを指す名称を持つ その機体は、人類の飽くなき探究心と限りない夢を乗せて、空高く舞い上がった。
もう何度通ったか分からない その場所に立って、ライトに照らされる模型を眺める。
本物のスペースシャトルなど、いくらでも間近で見られる環境にあるし、折に触れ目にしている。
それなのに、ここに来るたび、新鮮な感動を味わい、そして焦燥に捕われる。
ブレットは すっと目線を下げて、足元の少年を見た。
彼は、一体どんな思いで、この模型を見つめているのだろう。
「これって『すぺーすしゃとる』ってやつだろ?」
豪がポツリと呟いた。
ブレットの返答を待たずに次いで口を出た豪の言葉は、ブレットの想像とは まるで違っていた。
「これに乗って、空の上に、行っちまうんだな・・・・ブレット」
ブレットは、思わず息をのんだ。
心臓が何かに掬い上げられたように、緊張し、大きく波打つ。
「そしたら・・・会いたくなっても、もう、会えないんだな・・・・・・いくら藤吉でも、宇宙までは行けないもんな」
小さな手が、ぎゅっと、握り締められる。
豪は、目の前の模型を見つめたまま動かない。
けれど その横顔は、もっと違う、もっと遠い別の何かを見つめているようだった。
「・・・っ、ば、バカ!ずっと宇宙にいるわけじゃない、ちゃんと戻ってくるよ!!」
自分でも驚くくらい、必死になっていた。
一刻も早く、豪の幼い胸を締め付ける誤解を解いてやりたい・・・その思いが、ブレットを焦らせる。
普段とはまるで違うブレットの様子に、豪はビックリして振り向いた。
ブレットは、膝をついた。
射るように真っ直ぐ見つめてくる大きな瞳を、少しも逸らさずに見つめ返す。
「会いたくなったら・・・・いつでも会えるさ」
目の前で、不安げ だった豪の顔が、みるみる明るくなっていく。
ブレットは にっこり微笑むと、豪の髪に手をかけ、鼻先が触れるほど顔を近づけた。
豪がくすぐったそうに、笑い出す。
「なんだ、そっか・・・・良かったー!」
豪は照れ隠しのように、コツンと おでこをブレットの それに当てて、パタパタと走っていった。
そして、数分前と同じように、あちこちのウインドウに へばりついて歓声をあげる・・・
ブレットは そんな豪の様子を見ながら、ゆっくり立ち上がった。
安心したように息をつくと、少し高くなった鼓動を静めるように、コロンビアの飾られたウインドウに持たれかかった。
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