「俺は・・・」
眠っていると思っていたカルロが、ポツリとつぶやいた。
熱を冷ますために額に乗せていたタオルを取り替え、氷水に冷やしていたミハエルが顔を上げる。
カルロは ぼんやりと、どこか遠くを見ているような表情だった。
「俺は・・・生まれてすぐ、孤児院の前に捨てられた」
「それからずっと、孤児院で暮らしてた・・・」
ミハエルは手を拭いて、ベッドの脇に座り込み、カルロを見つめる。
カルロの過去は、折に触れて断片的に聞いたことはあった。
孤児院で育ったという事も、ジュリオなどから聞いて知ってはいたが、カルロの口から聞いたのは、これが初めてだった。
暗い過去が さいなむのだろう。
カルロは、僅かに顔をゆがめた。
「さっき・・・お前が母親みたいに見えたんだ」
「バカみたいって思うだろ?知ってるはずないのに」
「ホントの母親は、俺を捨てたっていうのにな・・・」
ミハエルに背を向ける。
いつもは大きく力強い背中が、今日はとても小さく見えて、ミハエルは胸が締め付けられるのを感じた。
ミハエルも母親がいない。
ミハエルには、母親と過ごした思い出があり、目を閉じれば いつもそこに、母親の笑顔がある。
けれど、カルロには何もない。
母親の温もりを、知らない。
手を伸ばしても、届かない。
「泣かないで、カルロ・・・」
小さな手で、顔をそむけているカルロの髪を、そっと撫でる。
カルロは驚いたように振り向き、その手を払いのけた。
その顔に涙はない。
でもミハエルには、カルロがまるで、泣きじゃくる小さな子供のように見えたのだ。
「な、泣いてなんかねーよ!」
「今言ったことだって何でもない・・・忘れろよっ」
ミハエルは無意識のうちにカルロを抱きしめていた。
自分がたとえ一時でも、母親の代わりが出来るなどとは思わない。
カルロの心の傷を癒せるとも思わない。
それでも・・・
自分の気持ちを どこにもぶつける事が出来ずに、苦しみ、震えるカルロに、何でもいいから、何かをしてあげたい。
今まで、誰に対しても持った事がない、不思議な感情。
ミハエルは、その気持ちに戸惑いを感じながら、胸に抱いたカルロの髪を、ただ撫でつづけていた。
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