ヒカルが風呂から上がって部屋に戻ろうとしていると、
廊下の向こうから、何かを抱えて歩いてくる加賀の姿が目に入った。
「せっかく来たんだ、いっちょ対局しようぜ」
加賀が抱えていたのは、足付きの碁盤と碁笥。
佐為は一気に色めき立ったが、ヒカルは少し遠慮がちに尋ねる。
「・・・いいの?」
「ああ・・・久しぶりに進藤と打ちたくなったんだ」
屈託の無い加賀の笑顔と その言葉に、ヒカルは、ぱっと花が咲いたように微笑んだ。
月明かりと部屋の明かりが柔らかく交わる縁側に碁盤を置くと、両側に座布団を敷く。
ヒカルを先に座らせて、加賀は愛用の扇子を取りに行った。
『これは、とても立派な碁盤ですよ!見て見て、この碁石も!』
佐為は嬉しそうに、碁盤の周りをウロウロしている。
この碁盤は、碁に熱心な加賀の父親のもので、相当な値打品だが、ヒカルには普通の碁盤との区別は付かない。
碁石を月に照らして眺めてみるものの、やっぱり違いは分からず首をかしげるヒカルに、佐為が まとわりついた。
『ヒカルー、ちょっとだけ私に打たせてくれませんか?』
「だーめ!オレが加賀と打つんだからねっ!!」
家にいるのと同じ調子で、思わず声に出してしまったところに、ちょうど加賀が戻ってきた。
ヒカルは慌てて口を手で覆ったが、幸い、加賀は さして気にはとめなかったようで、向かい側に腰を下ろすと、手にした扇子を開いた。
「互戦だ・・・じゃあ、にぎるぜ」
涼やかな風の音と、微かに聞こえる虫の声が、折り重なって奏でる音色の美しさ。
まるで この場所だけ時が止まってしまったかのような感覚に酔いながら、佐為は月下の対局を見守っている。
「院生ってのはダテじゃねーな・・・ずいぶん上達したじゃねぇか進藤!」
「でも・・・加賀に負けてる」
悔しそうに俯くヒカル。
月の光を束ねたような金色の前髪が、サラサラと風に揺れる。
その様子を眺めていた加賀は、ふっと目を閉じた。
「お前の成長の早さには正直驚かされるよ・・・・・・お前は・・・碁の神に愛されてるのかもな」
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