昼前の、ちょうど人通りがまばらになる時間で、普段なら大抵は数人の待ち合わせの人がいる この場所にも、今はヒカルと佐為だけしかいない。
幽霊のくせして器用に石のベンチに腰掛けている佐為は、愛用の扇子を手に、淡く木漏れ日を降らせる緑の天井を見上げて目を細めた。
『聞きたいことって何だよ?』
『ヒカルはどうして、加賀のことを「加賀」って呼ぶんですか?』
『へ?』
『それに、加賀はどうしてヒカルのことを「進藤」って呼ぶんでしょう?』
『はぁ??何言ってんの、佐為?』
ヒカルは佐為の質問がまったくチンプンカンプンで、からかわれているのかと思い、腹立たしげな視線を佐為に向けたが、意外に佐為は真面目な顔をしている。
『どうして名前で呼ばないんですか?』
なるほど、そう言われてみれば確かにそうだ。
佐為に問い掛けられて、ヒカルは考え込んでしまった。
確かに恋人同士は名前や愛称で呼び合うのが普通で、名字の、しかも呼び捨て合いなんて かなり珍しい気がする。
要するに付き合い始める前の呼び方のままな訳だが、それが付き合い始めた どの時点で変わるものなのか、そういった経験の無いヒカルにはよく分からない。
けれど・・・
呼び方を変える事の戸惑いとは違う、もっと別な思いがある。
ヒカルは目を閉じて、自分を呼ぶ加賀の声を耳の奥に響かせた。
「今のままでいいんだ」
「オレ、加賀のこと『加賀』って呼ぶの好きだし・・・加賀に『進藤』って呼ばれるの・・・好きだから」
ヒカルの言葉に、佐為は目を丸くした。
『ヒカル・・・何だか今日は文学的ですね』
『そ、そうか??』
佐為は何やら感動したらしく、一人でうんうん頷いているが、ヒカルは正直そんなに深く考えていたわけではない。
ただ 心に感じたことをそのまま口にしてみたのだ。
友達や先生など、同じ呼び方で自分を呼ぶ人は沢山いる。
そしてそれは、加賀も同じ。
でも、加賀が自分を呼ぶ声は、ヒカルにとって、たった一つの特別なもので・・・
そして、自分が加賀を呼ぶ声は、加賀にとって、同じように特別であってくれるだろうか・・・・・・?
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