その夜・・・
ちょっと形の悪いクマのヌイグルミを抱きしめて眠るミハエル。
しかし、それの送り主であり、一時間ほど前に一緒に眠りについたはずの人物は、そこにはいなかった。
「眠れないのかね?カルロ君・・・」
テラスで風に吹かれていたカルロは、殺気だって振り返った。
月の光の元ゆっくりと歩み寄ってきたのは、優しい瞳をした男。年齢は4、50代であろうか。
不思議な雰囲気を持つその男に、カルロは、少しなら話をしてもいい気になった。
「アンタ誰だ?・・・ミハエルの親戚か?」
「私はミハエル様の身の回りのお世話をしている・・・イアムだ」
イアムは、カルロと同じように手すりに持たれかかると、興味深げに隣の少年を眺めた。
「君の事はミハエル様から聞いてるよ・・・凶暴で性格が悪くて無法者だってね」
「あんにゃろぉ・・・」
蒼い月に照らされてバツが悪そうにそっぽを向くカルロを見て、イアムは子供の様に笑った。
「けれど、どんなに悪態をついても、必ず最後に こう言うんだ・・・『でもね、優しいところもあるんだよ』ってね」
そっぽを向いたままのカルロの肩がぴくっと動いた。
ミハエルがイアムに、さも嬉しそうに自分の事を話している様子が、ありありと浮かんでくる。
誰に対しても まず敵意を剥き出しにするカルロでさえも、どこか憎めない感じがするこの男なので、
あまり他人を身近に寄せ付けないミハエルが心を開いているのも納得できる。
しかし・・・何とも気恥ずかしくて仕方が無い。
カルロを微笑ましげに見つめていたイアムが、ふっと顔を曇らせた。
その気配に気付いたカルロが、横目でその様子を伺う。
「・・・ミハエル様は才能のある子だ・・・だが、あの子には『友達』がいなかった・・・心を許せる『誰か』が・・・」
「ミハエル様は君を慕っている・・・これからも、あの子の傍にいてあげて・・・」
「アンタ、俺がどんな男か分かってるのかよ?」
イアムの言葉を遮ってカルロが口を開いた。
「俺はサイテーの人間だぜ!・・・不良の俺とお坊ちゃまのアイツじゃ、住む世界が違うんだよ」
それは、ミハエルと出会って以来、少なからず感じていた事。
ミハエルと二人でいる時はあまり意識することの無いその思いも、不意に現実を突きつけられた時に噴き出してくる。
昼間の事件は、その最たるものだった。
俺とミハエルは、違う。
どんなに速くマシンを走らせて、
アイツを追いかけて、追いついて、
どんなに近づいても・・・
俺が孤児だという事実は消えない。
スラムで過ごした日々は消えない。
俺は・・・
「・・・じゃあ、どうして一緒にいるんだい?」
優しい光を瞳に たたえたまま、イアムは真っ直ぐにカルロを見つめた。
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